第5話 「ムダ」取り
2012年7月24日
ここ10年近く世の中は「ムダ」取りが日常化している。
特に民主党政権になってからは「事業仕分け」と言って、昔カナダでも実施されたバッサリ切る(科学的でない、直感という意味で)方法が行われた。最近ではネタ切れなのか、官僚の抵抗のせいなのかあまり行われなくなった様だ。
バッサリ切るやり方は、神の如き真実を見る眼を持った人か、独裁者しか行わない方法であると思われる。
岩手県庁や佐賀県庁で「ムダ取り」のお手伝いをしたが「この業務はムダだ」と一発で
言えるのはほとんどない。
もし言えるとすれば、それは中世の神学論争と同じになる。
デカルトではないが“真理は細かな所に宿る”と同様に“ムダも細かな所に潜んでいる”。その潜んでいるムダを丁寧に取り出すのである。
企業でも「ムダ取り」は盛んに行われている。
しかし、それは其々の企業において「これはこの会社にとって無駄である」と決めないと「ムダ取り」は進まない。
一般に、企業では「ムダとは、原価のみを高めるモノ又は方法」と言われている。が、
これも若干あいまいな所もある。
例えば、表装紙を印刷することは、広告であるから有用とするか又はムダとするか、1970年頃のある会社のVA会議で、もめたと言う話を聞いたことがある。
日本はまだしも、財閥の強いオーナーの下では、オーナーの一声でムダかどうかが決まるということもある。
企業では、ムダとは「原価のみを高めるモノ又は方法」と原価に着目してムダを決めている。それは企業が利益を上げることを目的として造られた集団だからである。
プロ野球、プロサッカーは優勝することを目的として造られた集団であるので、優勝に関係のないモノや方法(項目)はムダと言うことになるであろう。
家庭における目的はそれぞれの家庭で決まるので、それによってムダの定義も変わる。
淮南子に「人間万事塞翁が馬」があるがムダもまた同様であろう。
ムダだと思っていたことが、ムダにならないこともあり、又その逆もある。
これは事業仕分けでも同じである。明日はムダでないかも知れない。
DDTでいえば、日本やアメリカ等では有害でありムダとされるが、インドではマラリヤによる死亡が、100万人から1万5千人に激減した有用な薬品なのである。
では、どういう事が「これは、ムダだ」と言えるのか。
それは、現時点で、ここで、ある目的に沿った角度から視ることにより言えるのではないか。
「ムダ取り」とは、ある目的に沿った角度から視ることによって、それも細く視ることによって、そこに潜むモノ・方法・行為全てを一緒に(正にピンセットで摘まむ様に)拾い上げる行動なのである。
企業にとって「目的に沿った角度」とは、直接的には儲けることであり、又それは儲けるためのお客様満足・お客様感動を起こす様な角度と言える。
(近藤 哲夫)
第4話 「モノ」の見方について(4) -あるべき姿-
2012年7月10日
部分改善から全体改善に入っていくプロセスに工程改善がある。人・モノ・情報とタイミングの4つ要素が、特に工程改善から全体改善を行う上で重要になっている。
1971年の10月頃からスタートしたトヨタの最高級車センチュリーのコストダウンでは、関東自動車工業㈱東富士工場の改善担当分として1台当たり60万円のコストダウンを行うことになった。(他に40万円のコストダウンはエンジン・足回りの部品工場が担当した)
当時のセンチュリーの販売店への売値は210万円/台であり、それに対しコストは約310円万/台であったという。新エンジンの完成によってこの赤字の100万円/台を0にしたいというものである。オールトヨタのこのプロジェクトのリーダーは大野耐一副社長(当時)、私が関東自動車工業の改善リーダーになった。
当時の関東自動車工業センチュリー工場の概略のプロセスは、『プレス→溶接→塗装→組立→検査→トヨタ自販への出荷』 となっていた。
関東自動車工業におけるセンチュリーのコストは、材料費+加工費の中、加工費が大半を占めた。そこでこの加工費の大幅削減にあたった。(材料費の多くはトヨタからの有償、無償支給であった)
加工費=総(投入)工数×加工費レート
一般に加工費レートは本社経理部で決定するもので工場ではノータッチである。
従って、総工数の低減が改善の中心課題になる。
当時センチュリーの1日の生産台数は4台~6台で平均5台であった。1台当たりの総工数は、1日5台生産して1台当りの平均で約216時間であった。
1台60万円のコストダウンは、この総工数216時間を▲124時間し、約92時間にするという改善をしなければならない。
どうやって92時間に改善するか?
まず考えられるのは自動化である。
1971年11月第1回の大野さんへの説明は投資額として、プレス型改善の新設で約1億6千万円(ボディーの一部マイナーチェンジも含むため)、自動化ロボット投入で約4億円の合計約5億6千万円とした。
大野さんは5分位私の話を聞いいたが、すぐ「OKだ」、「ただし投資額は0を1つ取れ」と言った。
私が「0を1つ取れとは、5千6百万円と言うことですか?」と反論。
大野さん「そうだ」
私「できません」
そしたら大野さんは眼をランランとさせ私を睨みながら、
「まだ、やってもいないのに出来ませんとは何だ!すぐ白旗を上げるなら、サッサとカバン持って帰れ!」と声を張り上げた。
その夜、鈴村さんと飲みながら「どうしたら良いか」と聞いた。
鈴村さん「お前はなぜ親父(大野さん)がなぜ叱ったか分かっているのか?!」
「あるべき姿を考えずにロボットを20台(当時自動化ロボット(ユニメート社製)は1台当り約2千万円)も入れて、本当に60万のコストダウンが出来ると思っているのか!」
「まず、あるべき姿を考えよ。投資はその後だ。」
このとき初めてトヨタの「あるべき姿」聞いた。
トヨタの「あるべき姿」とはリーダーの「将来こうしたい、こうなりたい」、という意志である。
数字ではない。数字は後から付いてくる。
「ありたい姿」は単なる願望である。願望では人は動かない。
“リーダーのお前の意志がメンバーを動かす”
と鈴村さんの説教は今日でもはっきりと思い出す。
その後大野さんに叱られながら、「あるべき姿」を考え続けた。
5ヶ月後、クラウンとの混合生産を提案した所、始めてOKをもらえた。特に溶接ラインでの異車種混合生産はまだどの国でもやっていなかった様だ。
混合生産を実際にやってみると「あるべき姿」の達成の先に、また「あるべき姿」があるのが観えてきた。
この様にして プロジェクトリーダーとして3度「あるべき姿」を進めた。改善すればするほど「あるべき姿」は進化することが解かる。
結果、目標の▲124時間/台は通過点に過ぎないことが解かった。
最後に、「あるべき姿」は頭だけでなく体で受け止めることが大切である。5ヶ月も考え続けることは大変だった。それ以上に5ヶ月も待った大野さんには、本当に頭が下がる。
(近藤 哲夫)